世界遺産五箇山の菅沼集落

東海北陸自動車道の五箇山インターを降りて数分のところにある五箇山の菅沼集落、険しい山の間を流れる庄川の河岸段丘にわずか八戸の合掌造りの建物で集落を作っています。その昔倶利伽羅峠の戦いで木曽義仲に敗れた平家の落人部落であったともいわれており、江戸時代に入ってからは加賀藩の流刑地として使用されていたようです。五箇山にはこの菅沼集落と相倉集落があり、庄川の上流、岐阜県の白川郷と併せて平成7年(1995年)に「白川郷・五箇山の合掌造り集落 」  として世界文化遺産に登録されています。
 
 
 
 
 
 
塩硝の館
塩硝とは「煙硝」のことで、戦国時代ごろより五箇山では、自然の草(ヨモギ、しし独活、麻殻、稗殻…など)と、蚕の糞などで製造する「培養法」を使って、より多くの塩硝を製造しており、16世紀後半には加賀前田家で五箇山の塩硝を多く買い付けていたとのことです。当然幕府に知られれば改易の恐れもあったようでけど。
 
  五箇山民俗館  
 
 
 
 
 

ヤマフジの花
 
  
 
        
籠の渡し
その昔庄川に橋は架けられておらず、対岸に渡るには渡しを使うより方法がありませんでしたが、急流のこととて船の渡しも利用できず考え出されたのがこの「籠の渡し」とか。現在のように丈夫な綱や鋼線を用いているならともかく、かずらや野葡萄の蔓を用いてのことでしょうから渡される人は死ぬ思いで乗ったのではないでしょうか。
  
        
        
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