五浦海岸と霞ヶ浦の帆引船  
   
五浦海岸(2010年1月と8月に撮影)
茨城県の北茨城市にあるこの海岸、「いつうらかいがん」とも「いづらかいがん」ともよばれていますが、大小の入り江、大小の磯、断崖絶壁など波による浸食で出来た五つの磯があることからこの名称がついたそうで、景勝地として知られており、日本の渚百選、日本の音風景百選、日本の白砂青松百選にも選ばれたところです。ここには日本美術の礎となった岡倉天心が日本美術院を残したところでもあり、その記念となる五浦美術館や六角堂が残っています。
 
  
六角堂
明治38(1905)年に岡倉天心が自ら設計したもので、「観瀾亭」ともいわれ、杜甫の草堂、仏堂、茶室を兼ね備え、朱塗りの外壁と屋根に宝珠を装った六角形の建物です。
注:この六角堂は撮影翌年の平成23(2011)年3月11日に発生した東日本大震災により津波で消失。翌年に再建されていますがちょっと形が写真と違っています。
  
 
       

海岸から見る六角堂
 
五浦岬公園から見る六角堂
 
   
  大津岬灯台
五浦岬公園のそばにある昭和35(1960)年から稼働し始めた灯台です。
 
   
  黄門の井戸
元禄年間、徳川光圀公が領内巡視でこの地を訪れた際に喉の渇きをおぼえ、井戸はないかと共のものが捜しまわり、畦の脇に古井戸を発見したが、水は底深く飲むことができず、光圀公が井戸をのぞき見たときに杖が井戸の淵に当たり、水がコンコンと湧き出て難なく飲むことができた。その後、この井戸は「黄門の井戸」と呼ばれ、涼味溢れる水を永く土地の民に与えたといわれているようです。
市営駐車場から六角堂に行く途中の道沿いにあります。
 
     
霞ヶ浦の帆引船(2010年8月16日撮影)
明治の初期に考案された風の力を利用して、引網を引っ張り漁を行う帆船で、白い大きな一枚帆帆は大きなものでは高さ9メートル、幅16メートルほどにもなるとのこと。現在は観光用に運行されていて実際に利用を行うことはほとんどないようです。
前日の朝テレビを見ていて9隻もの船が出るとの情報があり、車で土浦に。この日は朝から太陽がギラギラ、車を降りたとたんに熱気がムンムン。おかげで晴れてはいても湖全体が靄っていてあまりいい写真とならなかったのが残念。秋口には七色の帆での運行があるとのことでその際に再チャレンジをする予定
 
    
   
       
   
   
   
   
   
   
   
   
   
    
    
        トップページに戻る      七色の帆引船を見る