若狭鯖街道熊川宿と小浜西組(2011.5.19撮影)

若狭鯖街道熊川宿

この街道は江戸時代、若狭湾で取れる魚介類を京都へ運搬するための物流ルートとして栄えた街道ですが、塩漬けにされた鯖が特に多かったことから「鯖街道」と呼ばれるようになったとのことで、熊川宿は鯖街道の中で最も栄えた宿場町であったようです。現在の熊川は当時の半分ほどの戸数となったようですが、江戸時代の面影を残す街並みが残っていることから国の重要伝統的建造物群保存地区として選定され、上ン町、中ン町、下町と三地区に分かれて長さ約1キロメートルにわたって続いており、平成の水百選に選ばれた前川と呼ばれる用水が流れています。
 
 
 
 
 
旧問屋倉見屋
熊川宿の問屋のうちの一軒であったとのことで、熊川の建物の特徴である「厨子(つし)二階」という普通の家よりも低い二階建ての建物で、屋根は「起り(むくり)」という少し凸面をおびており、二階の端には袖壁卯建が設けられています。
        
まがり
下ン町と中ン町のあいだにあり、道がクランク状態となっています。古い街やお城の中でよく見かけられるもので普通は「枡形」と呼ばれていますが、「曲がり」と呼ばれるのは珍しいです。
 
   
      
   
熊川番所
熊川は若狭と近江の国境にあり小浜藩の番所として設けられ、当時は関所の役目もしていたようで、「入り鉄砲に出女」の監視や街道を通過する物資への課税等を取り扱っていたとのことです。
 
   
旧逸見勘兵衛家
熊川を代表する町家で、町の文化財として指定されています。
 
   
御蔵道
宿場のそばを流れる北川で運ばれたお米が、この路地をとおって蔵屋敷に収められたことからこの名前がついたようです。
 
   
 
        
 
    
瓜割の滝
 
熊川宿から約7kmほど小浜寄りにあるこの滝、若狭町の天徳寺境内にあるわずか数メートルほどの滝ですが、一年中水温がほとんど変わらず夏でも水につけておいた瓜が割れるほど冷たいことからこの名前がついたとのことで、名水百選に選ばれていることから多くの人たちが水を汲みに来ていました。
 
   
 
   
 
   
小浜西組
 
若狭湾に面する町小浜は江戸時代に鯖街道の基点ともなっていた町で、東、西、中の三組に整備されたとかで、特に西組にはお茶屋が集められていました。三丁町には今でもその面影が残されており、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されているところでもあります。金沢ほどの広さではありませんが、街中を歩くと千本格子の家並が続いています。
 
   
   
   
 
 
 
   
                                            
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