リューベック
 
バル海にそそぐトラヴェ川の流域にあるドイツ北部の代表的な町、リューベック。正式名称を「ハンザ同盟都市リューベック」といい、その名の通りハンザ同盟の中心的な町で、トラヴェ川と運河に囲まれた島にある旧市街は、1987年にユネスコの世界文化遺産に「ハンザ同盟都市リューベック」として登録されています。
 
        
旧市街の入口となるホルステン門は1469年から1477年にかけて建造された歴史的建造物で、独特な色をした煉瓦(艶出し煉瓦)造りです。町の防衛のために造られたもので、壁の厚みは3m近くあるとのことですが、煉瓦の重みに耐えられず建物の一部が陥没したため塔が少し傾いています。
塔の中は現在市の歴史博物館になっており、中世時代の貿易や町の歴史に関する資料や模型が展示されています。 
 

                     ホルステン広場側から撮影
  
旧市街側から撮影
 
     
  塩倉庫
リューベックは、ハンザ同盟の時代には100kmほど南にあるリューネブルクで採れた岩塩を塩街道を経て積み出す港となっていましたが、この建物はその岩塩を保管する倉庫として用いられていました。
これだけ大きな倉庫を造るということはどけだけ塩が収蔵されていたんでしょう
 
     
船員組合の建物
1535年に船員組合のギルド館として建てられたこの建物は現在レストランになっていますが、門柱と入口の上部には船の絵が描かれており、中に入ると大航海時代を思わせる巨大な木製の帆船模型が何隻も飾られています。
私も一時期全長1mくらいの帆船模型を何隻か造りましたが、ここに置かれているものはそれよりも大きいものばかりでした
   
 
     
市庁舎とマルクト広場
市庁舎の建物は13世紀にゴシック様式で建てられたもので、左側の建物は修復ちゅのため覆いが掛けられています。右側の建物はふつう見かけない黒っぽい煉瓦で造られており、市場の出店で見えませんが1階にはルネサンス風のアーケードが設けられています。

建物上部の丸い穴は風通しとか
   
          
   市庁舎下のラーツケラー(レストラン)にも何隻が帆船模型が置かれています。
      
聖マリエン教会
1250年から100年かけてゴシック様式で建てられた商人のための教会で、塔の高さは125mあり煉瓦造りではドイツ国内最大の教会です。ここも修復中のため覆いが掛けられています。今回はこのように修復中の建物が多くみられましたが、古い建物なのでしょうがないんですけど、写真的には残念です。
この教会も第2次世界大戦の爆撃を受けて破壊され、戦後再建されたものです。

教会の前には愛嬌のある顔をした悪魔のモニュメントが置かれています。言い伝えでは、教会の建設が始まった時に、ぶどう酒酒場ができると思った悪魔が建設の手助けをし、このおかげで建設は驚くべき速さで行われましたが、酒場ではなく教会であると気づいた悪魔が教会を壊し始めたため、近くに酒場を造ることを約束すると壊すことをやめ、無事教会が完成したとのこと。
そして約束通り隣にある市庁舎に酒場が造られたといわれています。
   
 
      
       
主祭壇(左)と後陣(右)   ドクロの絵のあるステンドグラス   天文時計
 
     

天井の高さは83mあります。
 
祭壇
 
       
ガング(Gang)
街中を歩いているとガングと表示された細い路地、それも背の低い私でも頭がぶつかりそうに低くて細い路地があります。路地の上には「73」とか「77」とか番号がついていますのでかなりの数の路地があるようです。
長さはわずか数mくらいしかありませんが、通り抜けると少し広くなっていて中庭のようになっていたり違う道につながっているようです。
時間があればガング巡りも面白いかもしれません。
     
 
   
   
運河には2本マストの帆船が何艘も係留されており、道を隔てた反対側には古い煉瓦造りの建物が続いています。  
     
アンベルマンの信号機
1969年から東ドイツで用いられていた歩行者用信号機です。
東西ドイツ統一後は、西ドイツで用いていた信号に切り替える予定となっていましたが、かわいらしさから「アンペルマンを救え」と、アンペルマン生みの親の心理学者カール・ペグラウ博士と若きデザイナーマルコス・ハックハウゼンがメディアに働きかけた結果、撤去を免れて、現在ではベルリン、ハイデルベルクここリューベックなど多くの都市で採用されているとのことです。
    
 
     
     
     
     
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