日本三景松島(2021.04.20撮影)

京都府宮津にある天橋立、広島県廿日市市にある宮島と並んで日本三景の一つに数えられている松島は、宮城県の中部にある松島湾の多島海によって形成された風光明媚な場所で、俳聖松尾芭蕉がこの地を訪れた際にあまりの美しさに言葉が浮かばず「松島やああ松島や松島や」と言ったと伝えられていますが、近年の研究では芭蕉よりもあとの江戸時代後期の狂歌人であった田原坊の作であるとされています。

それはさておき、50分ほど松島湾一周の観光船に乗って松島の島々を回ってみました。
 
      
 
     
  すかし橋(左)と五大堂(右)
五大堂は、瑞巌寺の境外仏堂で江戸時代の慶長6年(1604年)に建立されており、重要文化財に指定されています。以前にも訪れていたので写真があると思って橋を渡らずにいたところなんと既に処分済みでした。(ドジですね・・・)
すかし橋とは変な名前ですが、漢字では「透橋」とかきますのでお判りになると思いますけど、写真では判りにくいですが、橋の床が格子状になっていて、その隙間から5mほど下の海面がのぞける構造となっており、五大堂に参る前にしっかり足元を見て心を引き締めなさいという配慮であるとのことでこの名がついています。
 
 
   
  福浦橋と福浦島  
   
   
  双子島
 
 
   
  中央にある小さな島は千貫島といい、伊達政宗公が湾内を遊覧した際にこの島の形の和差に感銘し、「あの島を余の館に運ぶ者あらば、銭千貫遣わす」といったことからこの名がついたと伝えられています。(左にあるのは焼島)
 
 
   
  毘沙門島  
     
   
   
   
  鐘島
島には波の浸食によりできた空洞が4ヶ所あることから別名「橋掛け島」とも呼ばれています。
 
     
   
  仁王島
波による浸食で顔のように見えるこの島は、奇岩の多い松島でも特徴的な島で、仁王島と呼ばれるようになったとか。
 
   
 
   
県立自然公園には三つの碑があります。左は東日本大震災慰霊記念碑、中央が特別名勝松島の碑、右端が日本三景の碑です。(逆光気味であったため斜め位置から撮影しています。)
 
 
 
 


道しるべに従って瑞巌寺に行って見ることに
瑞巌寺は2012年に訪れたときはまだ震災後1年半しか経っておらず、復旧工事が行われていたので写真を撮らずじまいでした。

瑞巌寺は正式には松島青龍山瑞巌円福禅寺といい、伝承では平安時代の天長5年(828年)に創建された臨済宗のお寺で、淳和天皇の開基によると伝えられています。
 
      
 
   
  総門
参道の入口に建てられており、切妻造りの薬医門で、正面の扁額には「桑海禅林」と刻まれています。
 
 
   
  総門から中門まで約300m参道が続きます。  
   
  参道の右側には瑞巌寺洞窟群があります。ここには供養塔や五輪塔などが多くあり、亡くなられた人の供養が行われていました。
 
 
 
 
参道を歩いてゆくと 境内への入口となる中門(ちゅうもん)があり、その向かって左側には御成門があります。
中門は、本堂の正面に位置し、切妻造り、杮葺きの四脚門となっています。御成門は天皇、皇族、藩主専用の門で入母屋造の薬医門形式で作られており、中門とともに国の重要文化財に指定されています。

 
 
   
  国宝に指定されている本堂の、御成玄関上部の欄間には名人左甚五郎による彫刻があります。
 
 
   
  石庭
 
 
 
   


李登輝総統の句碑
 
1923年(大正12年)生まれの李登輝氏は、一時期京都帝国大学(現京都大学)で学んだこともあり、親日家として知られており、戦後も何度か訪日し、2007年(平成19年)には奥の細道を訪ねる目的で夫人同伴で訪れ、ここ松島では
まつしまや 光と影の 眩しかり」と句を詠んでおり、芭蕉が松島では詠んでいないことにふれて「私は詠んだ」といわれてとのことです。
句碑の左は夫人が詠んだ「松島や ロマン囁く 夏の海」の句が刻まれています。
      
 
   
  御水主町の民家
水主(かこ)とは水夫のことをいい、仙台藩主達が乗船する御座船を操船した水主たちの街が瑞巌寺近くにあったようですが、この建物は当時のものを保存するため移築復元されています。
 
 
   
  どんぐりころころの歌碑
今から70年近く前の子供の時代によく歌った「どんぐりころころ」の歌は、大正時代に青木存義の作詞、梁田定の作曲により作られた歌で、1947年(昭和22年)に小学校の音楽の授業で使われだしてから広く歌われるようになったものです。歌は「日本三大童謡」の一つとして評されており、日本の歌百選」にも選ばれています。
 
 
   
  雄島の渡月橋  
   
     
 
   


津波到達地点記録

雄島のそばで撮影したものですが、右側に軽自動車が停まっていますので、この地点で少なくとも1.2m位ありますから、海面からは2m位の高さの津波が来たのでしょうか。
 
     
   
  御衣黄桜
 
 
   
   
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