旧奈良監獄(2021.12.04撮影)

奈良市の中心部にほど近いところにある旧奈良監獄は、法務省矯正局に属していた全国に7ヶ所あった少年刑務所の一つで、その前身は「明治の五大監獄」の一つで明治41年(1908年)に竣工した建物です。
旧奈良監獄は、その後「奈良刑務所」、「奈良少年刑務所」と改称し平成28年(2017年)度末で廃庁となり、現在は、京都拘置所の下部機関として当所の近くに奈良拘置所支所が設置されています。
廃庁間近の平成29年2月に、現存する建造物19棟が国の重要文化財に指定され、現在は、監獄資料館やホテルなどの複合施設として準備が進められており、今回はクラブツーリズムのツアーでキ期間限定で内部の見学ができるということで参加してみました。
なお、五代監獄とはここ奈良監獄の他に
千葉監獄(現 千葉刑務所)、金沢監獄(現 金沢美術工芸大学)、長崎監獄(正門のみ現存)、鹿児島監獄(正門のみ現存)をいいます。
 
 
   
  表門は入口はアーチ型で、両脇にドーム屋根のある円塔を備え付け、ロマネスク様式イギリス積みのレンガ造りとなっています。
入口の右側に「奈良少年刑務所」の表札が無ければ、ヨーロッパ風の大邸宅の入口とも見間違うところです。
上の写真は道路側から、下の写真は構内側から撮影
  
 
   
      
   
  庁舎正面
庁舎は2階建てで、中央に銅板造りの屋根の尖塔を配した左右対称の造りとなっています。
 
 
 

 
 


所内の配置は左の図のようになっており、図中央の左右及び情報に延びている建物が収容棟棟となっています。
 
   
  ハビランド・システムと呼ばれる放射線状にある5棟の収容棟の中心の位置にあるのが中央監視所です。中央監視所は2階に設けられていますが、1階の天井部分が吹き抜けとなっているので、2階からも下の様子を見通せるようになっています。
 
 
   
      
 
 
  2階の廊下からは1階の部屋の入口が見えるようになっています。
   
 
   
  第1寮から第4寮は独居房のある所で廊下の両側に部屋が並んでいます。廊下の天井は吹き抜けとなています。
 
 
 
 
独居房

現在の刑務所では単独室と呼ばれており、他の受刑者と一緒に過ごさない居室となっていて、トイレと洗面台が設けられています。
現在の広さは7.5㎡(約5畳)ですが、奈良監獄時代での広さは約4.7㎡とのことしでたから約3畳くらいであったのでしょうか。
単独室には他の受刑者との交通を一切遮断される昼夜間単独室と夜間のみ独居となる夜間単独室があり、単独で居室することで反省する機会を与えることが目的であるといわれています。
 



重屏禁房

重屏禁房とは、受刑者の中で規律及び秩序に反する行為をした者に対する懲罰を与える部屋で、旧監獄法では7日以内の重屏禁の懲罰が認められていました。
写真では天井に証明がありますが、当時は照明もなく真っ暗な部屋となっており、部屋は丸くなっているところから、受刑者の間では「丸房」とも呼ばれていました。
部屋を丸くしているのは頭などをぶつけてけがをしないためにとか。
 
 
 
 
  部屋の下部には食器を差し入れるための約30cm四方の穴があるだけでトイレもありませんし、寝具も与えられなかったとのことです。壁には受刑者が描いた思われるいくつもの落書きがあります。
 
 
   
  雑居房
現在は共同室と和ばれているようですが、当時の雑居房の広さは約9.6㎡で大体6畳くらいとなり、ここに3人が入っていました。
現在の共同室は規定では広さが25㎡で6人が入る部屋なっているようです。
 
 
   
     
   
  第1実習場
所内には第1、第2と実習場が設けられており、受刑者に出所後の更生や円滑な社会生活が送れるように、また、勤労意欲を持たせるためにも職業的知識を習得させていました。
 
 
   
   
  講堂
受刑者600人が入れる広さの講堂では、講演、慰問、映画鑑賞そして雨天時の運動場として利用されていました。
今は天井にファン、そして壁際には暖房器具が備え付けられていますが、当時は何もなかったのでしょうね。
 
 
   
  外から見ると監獄とは思えない佇まいです。
 
 
   
  江戸時代の奈良奉行所にあった牢舎
奈良監獄ができた際に移築し、幕末から明治初期の劣悪な環境を物語る資料として保存されているもので、木造寄棟造の平屋建てで、前面に格子を設けていますが、キリギリスを入れる虫籠と似ていたことから、通称「ギス監」と呼ばれていたとのこと。
 
 
 



隔離病舎
明治41年(1908年)に竣工した煉瓦造りの建物で、敷地北側に独立して、南側を向いて寄棟造の平屋建てで、櫛形アーチが入口上部に配されています。
精神疾患者が大声を出したり、暴れたりした際に隔離するために使用していました。
 
 
   
  医務所
こちらも明治41年(1908年)に竣工した建物で、切妻造りの平屋建てとなっており、中央に八角形の塔屋を設けて内部のへの採光を図っています。
 
 
   
  医務所には診察室、歯科治療室、レントゲン室そして調剤室等が設けられていました。
 
 
  おまけ

旧奈良監獄を出て奈良公園で小一時間自由行動です。
 
   
   
  奈良公園の南西側には鷺池があり、檜皮葺六角形の浮見堂があります。
 
 
   
   
   
  旧奈良県物産陳列所
明治35年(1902年)に県特産品の展示即売場として建てられたもので、奈良公園内にあることから外観は鎌倉時代の和風建築様式となっており、所々飛鳥時代の建築様式も取り入れられていて、国の重要文化財に指定されています。現在は、奈良国立博物館の一部となっています。
 
 
   
  東大寺世界遺産登録の記念碑
東大寺は、古都奈良の文化財の一部として平成10年(1998年)に世界文遺産に登録されており、それを記念して設けられた石碑です。
 
 
   
  東大寺南大門
「大華厳寺」の扁額が掲げられた南大門は、最初に建てられた門が応和2年(962年)の台風で倒壊し、鎌倉時代の正治元年(1199年)に再建されたもので、国宝に指定されており、門の両側にある金剛力士像は重要文化財となっています。
 
 
   
  東大寺中門
享保元年(1716年)に再建された門で、入母屋造の楼門となっています。
 
 
   
  東大寺大仏殿
宝永6年(1709年)に再建された国宝の大仏殿(金堂)内には、像高14.7mの国宝に指定されている大仏がありますが、造立時の大仏は幾たびかの兵火により焼け落ち、現在ある大仏の頭部は江戸時代の元禄3年(1690年)に鋳造されたものです。
 
 
   
  年に一度山焼きが行われる若草山。三つの笠を重ねたように見えることから「三笠山」とも呼ばれるようで、山頂に上がると東大寺、興福寺そして奈良の街並みを眺めることができるようですが、時間もなくまたの機会に。
 
 
 
 
 
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