三陸鉄道リアス線(2021.04.18撮影)
 

 
 



コロナ騒動で昨年から、旅、特に海外旅行に出かけることができない今年も国内旅行で写真撮影の旅に。

まずはCT社の三陸地方へのツアーに参加です。
盛岡駅からバスで普代駅まで移動し、リアス線に乗車します。ここ普代駅は岩手県の下閉伊郡普代村にあり、当初は日本国有鉄道(現JR東日本)の久慈線の駅として開設された駅ですが、昭和59年に第三セクターの三陸鉄道に移管され北リアス線の所属となりました。現在はリアス線の駅として村が駅の業務を受託して運営されており、1日平均約200名の利用者がいます。
駅には村の花であるハマユリに由来して「はまゆり咲く」という愛称があります。
また、この地はちょうど北緯40度(正確には北緯40度0分10.08秒)にあることから駅前の広場には「北緯40度の地球村 普代村」と書かれた看板があります。
 
 
     
   
  ここ普代駅から久慈駅まで約45分、あまちゃんガイドの説明を聞きながら移動です。  
     
   
     
   
  乗車するのは36-200形の気動車で、我々ツアー客専用の臨時列車です。  
     
   
  堀内駅で見る堀内漁港
 
 
   
  堀内駅を出るとすぐに長さ381mの第2安家トンネルです。
 
 
   
  安家(あっか)川に架かる三陸沿岸道路(三陸縦貫道)はまだ工事中です。
「安家」という地名はアイヌ語のワッカ(「きれいな水」の意味)からきているとのことで、安家川は清流としても知られているようです。
 
   
   
  列車の中ではあまちゃんガイドによる説明が続きます。
 
 
   
   
   
  野田玉川の駅を過ぎると十府ヶ浦(とふがうら)を通過しますが、大震災の津波の被害を受けた地域でもあるので海岸防潮堤工事が行われており、その昔風光明媚なこの海岸で都の貴族たちが詠んだ「十府の浦」の光景は見ることができません。  
 
   
  久慈駅
三陸鉄道の終点駅で、ここから北へはJR東日本の八戸線で青森県の八戸方面に行くことができます。
 
   
 
 


三陸鉄道北リアス線ここに始まると刻まれた昭和59年に設置された記念碑は、当時の久慈市長であった久慈義昭の揮毫によるものです。
 
      
 
   
  三船久蔵の生家跡
柔道家で、空気投げと名付けられた新技をあみ出し、講道館の最高段位十段を授けられた三船久蔵は、ここ久慈市(当時は九戸郡久慈町)で明治16年(1883年)に生まれ、柔道創始者加納治五郎の理論を実践して『柔道の神様』とあがめられた人でした。生家跡は現在福祉サロンとして利用されています。
 
 
 
 


道の駅やませ土風館
国道281号線沿いにある道の駅にある風の館内には、毎秋に行われる久慈秋まつりに用いる山車と神輿が展示されています。
      
 
   
   
   
     
 
   


館内には東日本大震災の被災時の状況と復興途中の写真が展示されています。
地震の際は久慈市の震度は5弱でしたが、市内を流れる久慈川を、波高6.8mの津波が4km以上遡上し、死者4名、行方不明者2名を出し、被害にあった建物は全壊355棟、半壊500棟にも及びました。
      
 
   
 
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