シュヴァンガウとミュンヘン
 
ローテンブルクのホテルを朝8時前に出発し、途中でトイレ休憩をとったのちにノイシュヴァンシュタイン城があるシュヴアンガゥについたのは11時20分ごろです。
 
         
ノイシュヴァンシュタイン城
 

ドイツ南部のバイエルン州にあってロマンティック街道の終点に位置するノイシュヴァンシュタイン城、この城を訪れるのは1990年、1997年、2007年に次いでこれで4回目です。過去3回の訪問では、時間が足りなかったり、工事中そして雪のため通行止めと、3回ともペッラート渓谷に架けられたマリエン橋(別名 ペッラート橋)まで行くことができず、「4回目は大丈夫だよ」などといわれていたのですが、なんと今回も工事中です。
よほど運がないのでしょうか、それとも日頃の行いが悪いのでしょうか。
看板には出ていませんがこの通行止め、去年の8月から続いているようです。 
おまけにお城の入場券売り場はものすごい観光客の数、お昼前なのに待ち時間はご覧のように3時間以上。といっても我々は2時半の予約が行われているようですが・・・・・
 
   
        
まずはレストランで昼食をとりアルプ湖の付近でノンビリ時間待ちです。
シュヴァンガウという地名は直訳すると「白鳥の里」という意味だそうですが、アルプ湖では白鳥の親子がのんびりと泳いでいます。鴨もいますけど・・
   
     
ホーエンシュヴァンガウ城

ノイシュヴァンシュタイン城を建てたルートヴィヒ2世の父親であるマクシミリアン2世が、12世紀に建てられて廃墟となっていたシュヴァンシュタイン城を1832年に買い取って改築したのがこの城で、ルートヴィヒ2世は幼少期にこの城で過ごしていました。
また、この地はワグナーのオペラ『ローエングリン』で有名な白鳥伝説のゆかりの地とのことで、城内にはいたるところに中世騎士の壁画やローエングリンの壁画も残されているとのことです。
   
 
     
     
 
ノイシュヴァンシュタイン城へは歩いても行けますが、途中まで行くバスに乗り終点で降ります。眼下にはホーエンシュヴァンガウ城、アルプ湖そしてシュヴァンガウの街並みが見えます。  
     
   
お城のそばにある広場からはお城やアルプ湖などが見えます。田園風景の中にポツンとあるのが聖コロマン教会です。  
     
城門
落とし格子のある城門の上には紋章が彫られています。
このお城はバイエルン国王第4代のルートヴィヒ2世が、幼い頃からの夢だった騎士伝説を具現化すべく、宮廷劇場の舞台装置・舞台美術を担当していた画家のクリスチャン・ヤンクに城のデザインを任せて造られたもので、1886年には大まかな建設が完了したものの、国費をふんだんに使っておったため、政府が王を軟禁。その翌日に主たるンベルク湖畔で謎の死を遂げたことで、工事は中断してしまいました。

一番最初に訪れた1990年の時は、今ほど観光客が大勢ではなく、時間を区切って入城させるなどということはしておりませんでしたし、中の見学も現在はほんの一部だけですが、もう少し見せてくれていたと記憶しています。そして最後の見学場所のキッチン以外は撮影禁止となっていますが、当時は他の場所での撮影OKでした。
   
     
   
     
マリエン橋
ペッラート橋ともマリア橋とも呼ばれるこの橋は、ペッラート渓谷に1845年に木製の橋が架けられたの初めですが、木製であったためすぐに架け替えが必要になり、1886年にルートヴィヒ2世の命により現在のような鉄製のものに置き換えられたということです。
渓谷の深さは約95mあり、当時の橋梁工事としては画期的なものであったといわれています。
残念なことに今回も橋には行けませんでしたが、橋から見ればこんな写真が撮れたのかも知れません。(中央と右の写真は絵葉書から)
同行者から5回目にチャレンジしてはといわれましたけど…・
     
 
     
聖コロマン教会
 
ノイシュヴァンシュタイン城の観光を終えてヴィ―スの巡礼教会に行く途中、添乗員さんにお願いして撮影ストップしてもらったのがこの教会です。
シュヴァンガウの田園地帯の中にポツンとあるこの教会は、17世紀の終わりに建てられたもので、その後何回か補修が行われています。鐘楼の玉葱型の屋根が特徴的です。
下左は主祭壇、そして右は1990年に訪れた際に撮影したものです。
   
   
   
     
ヴィ―スの巡礼教会
 
聖コロマン教会から30分ほどで、ロマンティック街道の、そしてドイツ・アルペン街道の観光スポットとして有名な、シュタインガーデンにあるヴィ―スの巡礼教会に到着します。
この教会は、1757年に完成したロココ調の教会です。
1738年にある農家の夫人がシュタインガーデン修道院の修道士が彫った「鞭打たれるキリスト」の木像をもらい受けたところ、このキリストの像が涙を流したとされ、教会に奇跡ではと持ち掛けたが、認定されないままに噂が広まって農家に陽が集まりだして、近くの礼拝堂に移したが巡礼者が増える一方となったため、浄財を集めて建設されたといわれています。

教会内部の装飾はヨーロッパ随一といわれており、特に天井のフレスコ画は、「天から降ってきた宝石」と讃えられていて、1983年に「ヴィ―スの巡礼教会」としてユネスコの世界遺産に登録されました。
 
     
   
     
   
     
   
   
午後5時、ヴィスの巡礼教会を出発し、今日のホテルがあるミュンヘンに向かいます。  
     
ミュンヘン
 
ミュンヘンに着いたのは午後6時40分過ぎ、小一時間マリエン広場周辺を散策してホテルに入ります。 
 
     
旧市庁舎
14世紀半ばに建てられたものを15世紀末に後期ゴシック様式で再建して利用されていましたが、19世紀半ばにネオゴシック様式で再建し1874年まで用いられてきました。現在の建物は第二次世界大戦で被災後1974年に再建されたものです。
どう見ても市庁舎という感じはしないですけど、現在おもちゃ博物館として利用されています。
   
     
新市庁舎
19世紀末から20世紀のはじめにかけてネオゴシック様式で建てられており、中央は高さ85mの時計塔があり、毎日11時、12時、17時からの約10分間ドイツ国内では最大の仕掛け時計が動きます。広場にはオープンカフェがあったり観光客が多いため建物全体を下から上まで撮ろうと思っても人が写ってしまうのでこれが精いっぱいです。
   
     
時計塔とマリア像
時計塔の仕掛けは、人間とほぼ同じ大きさの32体ある人形が、16世紀のバイエルン大公ヴィルヘルム5世とロートリンゲンのロレーヌ公女との結婚式の様子を演じます。
広場にあるマリア像は、三十年戦争中のスウェーデンの占領が終わるのを祝うため、1638年に構築されたものです。
   
 
     
バイエルン国立歌劇場
マックス・ヨーゼフ広場に面したところにあり、バイエルン州立歌劇場とも呼ばれいるこの劇場は、1811年に国立歌劇場として開場、1823年1月に火災が発生したときに消火用の水道が凍結していたため、時のバイエルン国王のマクシミリアン1世が「ビールで消火せよ」と命じたといわれています。
広場にある銅像はマクシミリアン1世の銅像です。
   
     
テリング宮殿(テリング・イェッテンバッハ宮殿)
マックスヨーゼフ広場の南側にあり、18世紀の半ばに建てられたもので、19世紀半ばに
郵便局に売却され、一時はミュンヘン中央郵便局とし使われていましたが、現在は支局となっています、
   
     
レジデンツ
マックイ・ヨーゼフ広場の北側にあるこの建物は、1385年にシュテファン3世により建設が開始され、その後旧バイエルン王国ヴィッテルスバッハ王家の王宮として幾たびか増改築が行われて現在の姿になりました。
建物は第二次世界大戦で被害を受けましたが修復されており、現在では、レジデンツ博物館、宝物庫、諸聖人宮廷教会、キュビリエ劇場などが入っています。
   
   
ホフブロイハウス
ビールといえばやはり「ミュンヘン、サッポロ、ミルウォーキー」のミュンヘンですね。
国立ホフブロイハウス醸造会社が運営するこのビアホールはマリエン広場から歩いて5、6分のところにある大きなビアホールです。
下戸に近い私はビールに興味はありませんが、写真だけ撮らせてもらいに中に入りましたが、まだ日も高い午後7時前だというのに、1階のビアホールは大きなビアジョッキ(1ℓ入り)を片手に談笑するお客でいっぱいです。
入口そばに置かれていたのは常連さん用のマイジョッキです。持って行かれないように鍵が架けられています。

   
       
   
 
        
ミュンヘン市内はまだいろいろ見るところがありますが、 ホテルは中心部から車で20分ほど離れています。ホテルにチェックインして夕食食べて、今日は早寝です。  
         
        
        
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