隅田川ウォーキング(撮影2010.2.8)
快晴のこの日、荒川区の南千住から台東区浅草まで隅田川に架かる橋と向島百花園を巡ってみました。
 
  
千住汐入大橋(左)と橋の上から見る東京フロンティアシティ(右)
千住汐入大橋は2006年に開通した橋で、足立区千住曙町と荒川区南千住の間に架かり橋長は158.6mあります。
 
水神大橋
荒川区南千住と墨田区堤通りの間に架かり、その昔「水神の渡し」があったといわれる場所でもあるそうで、平成元年に開通し、橋長は157mあります。
 
  汐入公園
隅田川沿いのこの公園、もとは企業の工場だったところで、企業移転後都が買い取り防災時の避難場所としても利用できる公園として整備されたものです。 
      
汐入公園から見る白髭橋と東京スカイツリー
工事中の東京スカイツリー、この日の高さは284m。完成するとこの2倍以上の634mにもなり、3km.離れたこの位置から撮っても、縦位置で撮らないと画面に入らない高さとなります。
 
白鬚橋
「橋場の渡し」や「白鬚の渡し」があったこの地に架けられているこの橋、その前身は大正初期に「白鬚橋株式会社」が木造で建造。当時の金で1銭の通行料を取っていたようです。関東大震災後に都が買い取り震災復興事業として架け換えを行い、橋長168mで昭和6年の完成です。
なお、橋の名前は橋のそばにある白鬚神社の名前からきているそうです。
      
向島百花園
江戸時代末期に草花鑑賞のために造られた民営の花園で、当初は梅が多く植えられれていたそうですが、その後古典に詠まれている有名な草花が植えられたとのことであり、昭和13年に都に寄付され現在に至っているようです。
庭への入り口となる門
柱の両側には詩人・大窪詩仏が書いた「春夏秋冬花不断」、「東西南北客争来」の木片があります。
 
梅 白加賀(しろかが)
 
梅 唐梅(とうばい) 梅 紅千鳥(べにちどり)
梅 道知辺(みちしるべ) 梅 初雁(はつかり)
 
シロバナタンポポ 芭蕉の霜よけ
 
馬酔木(あせび) 花梨の実
     
桜橋
台東区今戸と墨田区向島を結ぶこの橋、左の写真だけだとちょっとカーブした橋かとも思いますが、実は「X」型という変わった形で、隅田川に架かるただ一つの歩行者専用橋で、車も通らないのでドラマのロケ地としてよく利用されているそうです。橋長は169.5mで昭和60年の竣工です
墨堤常夜燈
墨田公園の入り口付近にあるこの常夜燈、すぐそばにある牛嶋神社の入口に明治の初めに建立され、当時の隅田川を往く船の航行安全のための灯台としても機能していたようです。
言問橋
台東区花川戸と墨田区向島の間をつなぐ橋で、橋長は238.7mあり昭和3年の竣工です。その昔竹屋の渡しがあった場所で、名前の由来は藤原の業平が詠んだ「名にし負はば いざこと問はむ都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」という歌にちなむという説と、この近くにある言問団子の店によるものといろいろな説があるようです。
     
  墨田公園の日本庭園
その昔水戸藩の下屋敷があったところで、墨堤の桜は有名ですが、今の時期は梅が見頃でした。
     
  
枕橋から見る東京スカイツリー
源森川(現名称は北十間川)に架かる枕橋、江戸時代は源森橋と呼ばれていたようです。
  勝海舟の像
幕末の英雄である勝海舟は本所亀沢町、現在の両国3丁目の生まれで青年時代はこの地で過ごしたとのことで、吾妻橋のたもと、墨田区役所のうるおい広場に建っています。
     
  吾妻橋
台東区雷門と墨田区吾妻橋の間に架かる橋で、1774年(安永三年)に最初の橋が架けられ、当時の隅田川は大川と呼ばれていたことから大川橋と名付けられましたが、ところの人たちは東橋と呼んでようです。
現在の名称は明9年につけられ、昭和6年に橋長150mの橋となったとのことです。
     
 
駒形橋
その昔「駒形の渡し」があったところで、橋の名前の由来はたもとにある駒形堂にちなんでつけられたとのことで、竣工は昭和2年橋長は150mあります。  
        
  
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