クレタ島

今日はクルージング観光最後の日、朝6時前に目を覚ましエーゲ海の日の出の写真撮影をトライ。この日の日の出は午前6時6分、クレタ島到着は午前7時とのことでしたが、若干早めについたようです。
クレタ島はエーゲ海の中では最大の島で、その面積は兵庫県の広さにほぼ匹敵するとのこと。ギリシャ文明発祥の地のこの島は、紀元前7000年頃にミノア(クレタ)人が住みはじめ、紀元前3000年頃にはミノア文明が起こり、一時は当時の世界最高水準の文明で栄えたようですが、火災等で衰退したとのことです。
島には「クノッソス宮殿」やフェストスの遺跡をはじめとするミノア文明の遺跡が多くあり、又ベネチア時代の面影を残すイラクリオン、レシムノの街等見るところは豊富ですが、ツアーでの滞在時間はわずか4時間弱しかありません。
ショアエクスカーションはクノッソス宮殿見学かイラクリオンの自由行動のいずれか。迷った挙句にクノッソス宮殿見学コースを選んで見学をすることにしました。
 

エーゲ海の日の出

レシムノ港
 
ベネチア時代の要塞

船が接岸したレシムノの街に残されている16世紀に建てられた要塞で、街にはこの海に突き出た要塞のほかに城塞や当時の面影を残す旧市街もあるようです。
クノッソス宮殿

ギリシャ神話ではクレタ島のミノス王が二度と出ることのない迷宮を造ったとされていますが、20世紀のはじめに発掘により日の目を見るまでは実在することのない神話上あるいは物語の中でのことと受け止められていました。
一辺が160mの巨大なこの宮殿は約3700年前に建てられ、当時としては異例とも言える一部4階建て、部屋数1200を超える巨大な宮殿であったとのこと。各地の遺跡を見た中でもこれほどのものはなかったと驚かされるものでした。
西の庭(入口を入ってすぐのところにあります)
孔雀
西の庭のすぐそばの木の上に数羽の孔雀がとまっていました。
謁見の間

玉座の間とも言われています。右の写真はその内部でギリシャ神話に出てくる魔物グリフィンが描かれています。
中庭
復元されたものとはいえ、3700年前に造られた宮殿とは思えないほどの構造です。
南の入口と「百合の王子」の壁画

下左は南の入口で、ここの壁には「百合の王子」の壁画(下右の写真)が飾ってあります。壁画は複製でオリジナルは考古学博物館に展示されているそうですが、写真を撮る人たちで順番待ちの行列ができます。
行列の壁画の廊下

下左の写真が「行列の壁画の廊下」で、供物などを運ぶ人々の行列の壁画(下右の写真)が描かれていたためこう呼ばれているようですが、この壁画も複製でオリジナルは考古学博物館に展示されています。
女王の間

宮殿東側にある「女王の間」には浴室、水洗トイレがあり、下水も完備していたとのことで当時の建築水準の高さにビックリ。右の写真はここに飾られているイルカの壁画です。
食糧倉庫跡と大甕

下左の写真は食糧倉庫の跡、下右は食料を入れていた甕で大きさは子供なら充分入れるくらいの大きさです。
北入口の見張り場と牛のレリーフ画
野外劇場跡

北入口のところにあり、すぐ後ろに見張り場が見えます。
ケッパーの花
ケッパーはケーパーとも呼ばれており、つぼみを塩漬けにしてピクルスとして食用に利用されています。
レシムノの街並み
クノッソス宮殿の観光を終えてレシムノの街に戻ったのが9時半過ぎ、街中を見学したのですが、日曜日のうえ時間も早くお店はどこも閉店。これなら海辺のベネチア時代の要塞跡にでも連れて行ってくれればと思っていたら、バスでぐるっと回って写真も撮れずに観光終了とのこと、ちょっと残念です。

11時過ぎに最後の寄港地であるサントリーニ島に向けてレシムノの港を出航です。


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