ハンブルク
 
午後4時少し前にハンブルクに到着。ハンブルクは「ハンブルグ」とも表されることも多いですが、ドイツ語で「g」は濁って発音しないので、゛正確な表記は「ハンブルク」とのことです。
ここハンブルクはドイツ北部にあり、エルベ川の河口から100kmほど遡った港湾都市です。町は6世紀にはエルベ川河口の港湾都市として存在しており、北欧からのバイキングの襲撃を幾たびか受けており、これを避けるため、カール大帝によって前哨基地としてのハンマブルク城塞が築かれました。この「ハンマブルク」がハンブルクのの名の起源となっています。
ハンブルクは交易都市としての発展が進むにつれてバイキング対策としてリューベックやブレーメンなどとの防衛同盟を結び、これが「ハンザ同盟」設立のきっかけとなってゆきました。
1810年にはナポレオン1世の軍隊に占領されましたが、ナポレオン没落後は再び自由都市となり、1815年にドイツ連邦に加盟しています。
19世紀末にはコレラの大流行により9000人近い市民が亡くなり、また、第2次世界大戦時においては、潜水艦の基地が置かれていたことから連合軍の空襲を受け多くの市民が亡くなるなどの被害を受けていますが、いずれも市民の協力により復興しています。 
 
        
港湾都市ハンブルクを代表するのがエルベ川沿いに建てられた赤煉瓦の倉庫群です。 1885年から1927年にかけた建てられた倉庫群は、運河や橋などで結ばれており、その広さは最大時26ha(東京ドーム5個以上の広さ)にも及んでいたとか。この倉庫には世界各地から運ばれてくるコーヒーや香辛料、たばこなど、高価な物品が貯蔵されていました。
赤煉瓦の倉庫といえば日本では小樽、函館、そして横浜を思い出しますが、とても比較になりません。昨年訪れたイギリスのリヴァプールのアルバート・ドックも足元にも及ばない広さです。
この倉庫群は、2015年にユネスコの世界文化遺産に「シュパイヒャーシュタットとチリハウスのあるコントロールハウス地区」として登録されました。

晴れていれば倉庫街の赤煉瓦もきれいに撮れるのですけど、ちょっと残念です。
 
     
    
   
   聖カタリーネン教会
高さ117mの鐘楼を持つこの教会は、プロテスタントの教会としてツォル運河沿いに、漁師のために13世紀に建てられたものです。現在の教会は第2次世界大戦時の1943年の空襲で基礎と外壁の部分以外を残して破壊され、1950年に再建されたものです。
 
     
アルスター湖
市内中心部にあるこの湖は、アルスター川とその支流をせき止めて13世紀に造られた人造湖で、内アルスター湖と外アルスター湖に分かれています。遊覧船で湖を観光することができ、ヨットやカヌーで余暇を楽しむ市民たちが多くいるようです。
    
     
      
   
ハンブルク市庁舎
当初建てられていた市庁舎は1842年に発生し、町の3分の1を焼失したハンブルク大火災で、被害の拡大を防ぐために爆破しており、火災から50年を過ぎた1897年にルネサンス様式で建てられたもので、全部で647もの部屋があり、これはイギリス・ロンドンのバッキンガム宮殿よりも6部屋多いものだとか。これだけ豪華な宮殿が建てられたのもハンザ同盟で蓄積された富のおかげでしょうか
   
 
     
   中庭の柱には姉妹都市の名が刻まれていて、中には横浜の名があり、その上にはなぜか皇室の紋章である菊花紋章があります。  
      

市議会入口
  
市庁舎1階のロビー
  
 
   中庭にある噴水は、1892年に発生したコレラにより、市民約8600人が犠牲になったという出来事の追憶のために作られたもので、噴水の中央の像は、健康と衛生を司るギリシア神話の女神ヒュギエイアです。
 
     
ハンブルク市立美術館
1869年に開業した美術館で、建物は3棟に分かれており、ゴシック絵画から、ピカソ、フランシス・ベーコン、シャガールなどの絵画や彫刻などを所蔵しています。また、建物の外壁には著名な画家たちの彫像が置かれています。
 
 
   

 彫像のある壁面

ラファエロ像
 
ミケランジェロ像
 
ムンクのマドンナ
 
     

  ハンブルク・ダムトーア駅
1903年に開業し駅で、ダムトーアの名はは19世紀まで近隣に存在した古い城門に因んでいます。
 
     
  ハンブルク・ダムトーア駅の前に置かれたこの彫像は、ドイツ生まれのイスラエル人の建築家フランク・マイズラーによるもので、「子供の輸送」と題するもので、第2次世界大戦前に子供たちを守るために子供たちが親と別れるシーンの情景です。  
       
  ハンブルク中央駅
1906年に開業した駅で、駅のデザインは公募で決定したものです。駅舎は第2次世界大戦により激しく損傷しましたが、戦後に復興されています。
 
     
プランテン・ウン・ブローメン公園
ハンブルク・ダムトーア駅からすぐのところにある公園で、1930年に造られましたが、その広さは47haあり、薬草園、バラ園や温室、そして日本庭園まであり市民の憩いの場となっています、また、園内にあるパークでは、5月から9月夏の間、夜になると噴水ショーが開かれています。
 
   
   
     
   
日本庭園は池泉回遊式庭園となっており、中には茶室もあります。  
     
噴水ショーは夜10時スタート(5月から8月、9月は9時スタート)です。日本と違って夜の遅いヨーロッパ、夜10時でもこの明るさです。
噴水は音楽によって姿を変え、また、ライトアップする色も変化するといった趣向を凝らしており、わずか30分ですけど見ごたえがあります。
   
 
     
   
     
  18世紀のハンブルクで労働者向けの食事として流行したといわれる「タルタルソース」がもととなったハンバーグステーキ。
ドイツでは定番のジャガイモがふんだんに付け合わせとして添えられており、キノコの入ったソースも絶品でした。
 
        
 
 
     
     
     
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