モデナ
 
パルマから約1時間午後4時過ぎにモデナに到着です。ここモデナは古代に起源をもつ都市で中世にはモデナ公国の中心都市でした。バルサミコ酢の特産地として有名であり、近郊にはフェラーリの本拠地があります。
 
   
  ドゥカーレ宮殿
ローマ広場にあるこの宮殿、13世紀から14世紀にかけて建てられたエステ家の城がもととなり、17世紀から2世紀をかけてモデナ公が城を囲むように宮殿としたもので、現在は陸軍士官学校として使用されています。
 
      
    
 
       
シナゴーク
ユダヤ人地区のジュゼッペ・マッジーニ広場に面して建てられているユダヤ教の教会で、ここモデナはエステ家がユダヤ人を保護したことで有名です。
   
        
市庁舎
グランデ広場(ピアッツァ・グランデ)に建てられたこの市庁舎、最初の建物は12世紀に建てられましたが、16世紀初頭に発生した地震で倒壊しその後再建されたものです。
この市庁舎があるグランデ広場は、モデナ大聖堂とギルランディーナ(市民の塔)とともに、中世イタリアの自由都市の発展の様子を伝えるとともに、中世キリスト教都市における信仰と市民生活の結びつきを伝える優れた例証として1997年にユネスコの世界文化遺産に登録されています。
   
 
        
市民の塔
ギルランディーナ又はギルランディーナの塔と呼ばれる高さ86mのこの鐘楼は、モデナ大聖堂の隣に12世紀末に建てられ当初5階建て「サン・ジミニャーノの塔」と呼ばれていました。その後モデナ市の当局がボローニャの塔と張り合うために八角形の六階部分と尖塔を追加したものであり、5階までの下部がロマネスク様式、6階より上がゴシック様式となっています。
塔の内部には15世紀に描かれたフレスコ画が残っており、また5階のトッレザニの部屋にある彫刻のほどこされた柱頭が有名です。
ギルランディーナという名前は塔の最上部に設けられた青銅製の花冠(ghirlanda=イタリア語で「花輪」)の風向計のことです。
   
 
        
モデナ大聖堂
11世紀の終わりに建設が開始されたこの大聖堂は13世紀に完成したもので、ロマネスク様式とゴシック様式が融合した建てられています。
ここにはこの町出身のテノール歌手、ルチアーノ・パバロッティの遺体が安置されています。
   
   
     
 
   
  ギルランディーナのあるトッレ広場の建物の壁には多くの写真が飾られていました。ここモデナは第2次世界大戦時ドイツ軍やイタリアファシスト軍へのレジスタンス運動で犠牲なった人が少なくないとのことですのでその人たちの写真なのでしょうか。  
   

モデナ大聖堂の風向計
 
 
     
     
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